『トム・ソーヤーの冒険』 マーク・トウェイン(訳:柴田元幸) [読書]

新潮社より新訳シリーズの第一弾として店頭に並んでいた『トム・ソーヤーの冒険』。「トム・ソーヤーは知ってたけど、ちゃんと読んだことがないな」と好奇心が半分で読んでみた。ちなみに、もう半分の動機は、ザ・ブルー・ハーツの"1000のバイオリン"という大好きな曲に「ハックルベリーに会いに行く♪」というフレーズがあり、ハックルベリーが『トム・ソーヤーの冒険』の登場人物であり、続編的作品の『ハックルベリー・フィンの冒険』の主人公であることを知っていたので、どんな人物なのか興味があったから。

『トム・ソーヤーの冒険』というと、いかにも単純明快なイタズラッ子の物語というイメージがあったけど、序盤でこそ、イメージどおり、トム・ソーヤーの些細なイタズラを描いているが、物語が進むにつれ、作品の奥行きが深まってゆき、当時の社会風刺が随所に含まれており、皮肉たっぷりで描かれている。とりわけ気になったのが、『トム・ソーヤーの冒険』で描かれる模範的な大人達は、皆、信心深いクリスチャンであり、宗教的・慣習的な規範を尊重する人々であるが、その形骸的な中身のない規範意識について、随所で懐疑的に触れられている点である。(誤解のないように書いておくが、キリスト教の教義自体にどうこう言うつもりはなく、あくまで人々の形骸的な信仰についてのことを言っている。)ましてや、南北戦争以前の設定で描かれた作品であり、黒人を奴隷とする人種差別が当然のごとく存在している時代背景であるが、黒人を平然と奴隷として差別する人々が信心深く、社会規範を重んじるという事実に大いに違和感を覚える。それだけ、至極当然に人種差別が存在していたのだろうし、人種差別という概念すらなかったのかもしれない。

人種差別については、当時の時代背景が持つ特殊性であるとしても、こういった大人達の持つ矛盾や形骸的で身勝手な価値観というのは普遍的に存在するものであるということが、100年以上も前に書かれた作品のトム・ソーヤーという無垢でありながらも打算的な少年の視点と著者であるマーク・トウェインの皮肉を込めた風刺に共感することでよく分かる。作風は異なるが、奥田英朗に共通する視点とユーモラスな皮肉感があるように思う。

また、時折、ハッとするような表現にも遭遇する。もっとも印象に残っているのは、ハックルベリィ・フィンの「手に入れるのに苦労しないものなんか持つ気しねえから」という言葉。今の世の中って、経済的な意味でなく、便利で物があふれてるという意味では、色んなものが「手に入れるのに苦労しない」。だから、「ありがたみ」を忘れがちなのかなと考えさせられた。

トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫)

トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫)

  • 作者: マーク トウェイン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/06/27
  • メディア: 文庫

 

 

 

おまけ



ALL TIME SINGLES~SUPER PREMIUM BEST(DVD付)

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  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: 徳間ジャパンコミュニケーションズ
  • 発売日: 2010/06/02
  • メディア: CD

『何もかも憂鬱な夜に』中村文則 [読書]

中村文則の『何もかも憂鬱な夜に』。生きることと死ぬこと。相反するが、この2つは表裏一体のものであり、生きることも死ぬことも覚悟が必要で、死ぬよりも生きる方が強い覚悟が必要なのではないだろうか?『何もかも憂鬱な夜に』は、そう思わせる小説であった。

主人公の主観的な描写では、まるで水の中にいるような前後不覚に陥る。何度か読み直さなければばいけないぐらい、思考がぼんやりとしてくる。意図的なもの を感じたが、著者の中村文則のあとがきによると、生命の象徴として、水を多用したそうだ。主人公の人生に"希望"と呼べるような淡く不確かな生きる価値を 教えた施設長は、主人公の主観では常に"あの人"と表現される。その表現も、やはり水中から見た水上の光のようにぼんやりとした印象を与える。人生とは、 不確かでぼんやりとした幸福を目指して、もがき苦しむもの。

思えば、幼い頃、死ぬことが怖くて仕方なかった。今ではどうだろう?人は人生に幸福を求め、本音の自分と社会的な建前でごまかした自分との乖離を埋め合わせるべく奮闘する。不幸になることが怖い。自分が反社会的な存在になるのが怖い。そういう人間にとって、生きることはとてつもなく覚悟が必要であって、『何もかも憂鬱な夜に』に登場する主要人物の多くは、まっとうに生きる覚悟が持てずに闘っている。主人公も自分の本性を計り知れず、狭間を行き交う。だが、主人公をぎりぎりのところで押し止めるのは、"あの人"という淡い光が教えてくれたことであり、本や音楽や映画であった。生きる価値とは、意外に身近に見出せるものなのかもしれない。

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

  • 作者: 中村 文則
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/02/17
  • メディア: 文庫

 

 

 

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『ビタミンF』 重松 清 [読書]

最近、意識して選んでいた訳ではないのだが、家族ものの小説をよく読んでいる。『ビタミンF』も家族ものの小説ばかりの短編集。しかも、すべてが父親目線の話である。33歳で二児の父である僕にとって、「いつかは我が家にもこんな時期が訪れるのだろうか」と、読んでいる間、常にそんな思いがついてまわった。

以前、『ビタミンF』と同じく重松清が書いた『流星ワゴン』を読んだが、『ビタミンF』は『流星ワゴン』の原点というか、『流星ワゴン』は『ビタミンF』の拡張版の長編小説というか、そんな兄弟小説の関係にある。実際。『ビタミンF』では、「もしかしたら違った人生があったのではないか」、「今の自分と同じ年齢の父親はどんなだっただろう」といった『流星ワゴン』のテーマがそのまんま文言として書き表されている。

『流星ワゴン』 と『ビタミンF』のどちも読みながら、自分のなりたい父親像を探っていた。「こういう父親になりたい」と「こんな父親になりたくない」という綱渡りのようなバランス感覚が必要になる理想の父親像。でも、『流星ワゴン』と『ビタミンF』を読んで、得られた結論は「気負いすぎちゃいかんな」という曖昧なものだけど、肝心なもの。父親っていうのは、どうも気張ってしまうもんらしい。

ビタミンF (新潮文庫)

ビタミンF (新潮文庫)

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 文庫

 

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『無理』 奥田英朗 [読書]

奥田英朗の最新文庫小説『無理』。さっき読み終わりました。

内容は、東北にある“ゆめの市”という架空の田舎街を舞台に繰り広げられる群像劇。県庁より“ゆめの市”の社会保険事務所 生活保護課に出向している男性、東京の大学に憧れる普通の女子高生、暴走族あがりで悪徳商法のセールスマン、新興宗教を心の拠り所にしている万引きGメンの女性 、県議会議員を目指す“ゆめの市”の市議会議員を主人公にそれぞれの人生が“無理”な状況に追い込まれていき、わずかな交錯を経て、クライマックスの一点にそれぞれの難題を抱えて居合わせる物語。

それぞれの主人公は、個別に何らかの社会問題と関わっていて、 総合的に社会を見ているような作品。最後まで読んでしまうと、問題を背負ったそれぞれの人生がある一点でたまたま居合わせるまでを描いたというよりも、ラストのある一点に居合わせた人々のそこに至るまでの経緯をたどると、それぞれ何らかの社会問題に関わっていたという読み方もできるし、そう読むと違ったリアリティがもたらされる。

それにしても、このタイミングで生活保護を一つのテーマにした作品が文庫化されたは面白い。文庫本化の企画が発売のどれくらい前から進行するのかは知らないが、狙いすましたかのようなタイミングだ。(ちなみに、単行本の発表は2009年。)今、世間が騒いでいるように、働かずして23万円/月の支給はいくらなんでも待遇が良すぎるし、働くのが馬鹿らしくなるという空気は作品中にも漂っている。目立ちたいがために、個別の案件でタレントを吊るし上げていい気になっている馬鹿議員は、抜本的な解決に向けて動いて欲しいもんです。国会議員が調査に乗り出すような案件には思えない。1件の不正受給が解決して返還される金額より、馬鹿議員の給料の方がよっぽど国の負担だし、早急に国会議員の数を減らす方が国益に繋がることでしょう。

おまけ:件の馬鹿議員ですが、ワイプに自分が映ると表情を作るぐらいテレビ慣れしているのことに、嫌悪感が増す。

無理 上 (文春文庫)

無理 上 (文春文庫)

  • 作者: 奥田 英朗
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/06/08
  • メディア: 文庫
無理 下 (文春文庫)

無理 下 (文春文庫)

  • 作者: 奥田 英朗
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/06/08
  • メディア: 文庫

 

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『1Q84 BOOK3(前編・後編)』 村上春樹 [読書]

つい今しがた、『1Q84 Book3』を読み終えました。

壮大な叙事詩を読み終えた気分。いくつかの謎は謎のままで、それはやはり何かの比喩であり、象徴であるんだと思う。

結局のところ、人は自分の属する世界で生きていくしかない。それが、1984年であろうと1Q84年であろうと。月が一つの世界であろうと、二つの世界であろうと。ただ、(恥ずかしいので控えめな表現で言うと、) 大切な存在がそばにいれば、その世界はずいぶんと違うものになる。

結局のところ、そういうことなんだと思う。

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉前編 (新潮文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/05/28
  • メディア: 文庫
1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉後編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉後編 (新潮文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/05/28
  • メディア: 文庫

 


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